サラ文・展望台(2013年11月)

   

福島県の災害地に立って
   月一回、台東区山谷でミニコンサートを行ってホームレスの人たちと歌っている。縁あって福島県南相馬市にあるCTVC(カトリック東京ボランティアセンター) のカリタス原町ベース(被災地支援センター)に行く機会があった。仮設住宅集会所でミニコンサートを開催した。

   演奏会の前の朝2時間くらいを、地域の視察に費やした。南相馬市小高区と浪江町。その内の「避難指示解除準備区域」(小高区は全域 浪江町の一部)で除染作業や道路整備、インフラ整備などが進行中である。10人が車2台(許可証に記載された車以外は乗れない)に分乗し視察。国道6号線には原発から20kmと10km地点に回転灯を点けたパトカーが常駐していた。国道6号線から外れて居住制限区域のゲートに検問があり、通行許可書が必要である。警官2名が立っていた。下車すると警察官が飛んでくるというので、乗車したままゆっくり見学していく。津波で壊れた家々は瓦礫の撤去すらできずそのままの状態で放置されている。船も田んぼ(セイタカアワダチ草で覆い尽くされている)の真ん中の乗揚げたままである。小高区の避難指示解除準備区域では、2年間放置された家の片づけなどを行うボランティアが活動している。小動物(ネズミ、ハクビシンなど)の棲家になってて、簡単には住めない状態であると言う。冷蔵庫などは悲劇的な状況であったと。これらのものを廃棄したりして後片付けがけっこう大変である。

   放射能汚染という目に見えないものとの戦いで、将来がまっく予測できないという。こういう悲惨な状況を目の当たりにすると、7年後のオリンピックなどと浮かている場合ではないのではと思う。また東京湾岸地域の建造ラッシュに福島県が置いてけぼりをくらうのではないかと不安である。いろいろ考えさせられる視察であった。
                  


                                                                                                                                                      太田 宏